認知トレーニングのための二重プロセスモデル

概要より

「認知トレーニング研究における主要な目標の一つは、認知トレーニングが一般的な認知能力を向上させるのか、あるいは単に特定のタスクの改善に留まるのかを理解することです。ここでは、これら2つのプロセスの時間的なダイナミクスを記述するための定量的なモデルを開発しました。我々は、8週間のワーキングメモリトレーニングプログラムに参加した1300人の子供のデータを分析しました。このプログラムには5つの転移テストセッションが含まれていました。因子分析の結果、2つの別々のプロセスが示されました。1つは早期のタスク特異的な改善であり、全体の増加の44%を説明しており、もう1つはより遅い能力向上です。次に、個々のトレーニングデータに隠れマルコフモデルを適用しました。その結果、タスク特異的な改善は平均してトレーニングの3日目で頭打ちになることが明らかになりました。したがって、トレーニングは単に特定のタスクに限定されるわけではなく、転移可能性との組み合わせとなります。これらのモデルは、これらのプロセスを定量化し分離するための手法を提供し、認知トレーニングの効果を研究し、これらの効果を神経相関に関連付ける上で重要です。」

トレーニングで行うタスクへの適応=タスクが上手になる要素は最初の3日で頭打ちし、トレーニング成績の改善の44%を説明し、認知トレーニングが目的とする認知能力の改善が4日以降の残り56%の改善を説明することを、因子分析と1300人分のトレーニングデータに機械学習を適用して分析して明らかにしました。

A dual-process model for cognitive training, Julia Ericson, Torkel Klingberg, Science of Learning, 8 (1), pp. 12, 2023. (リンク



ワーキングメモリのトレーニングによる改善について、心理学の分野の研究者としてはGathercoleが研究し、論文発表しています。ワーキングメモリ研究の中心地(ワーキングメモリのモデルの提唱者Baddeleyはヨーク大学の心理学部長)であるヨーク大学の心理学部長(Baddeleyの後任)であるGathercoleによる独立研究においてワーキングメモリの改善、学業への効果などを2009年に2つの論文で発表しています。

Holmes J, Gathercole SE, Dunning DL (2009a) Adap7ve training leads to sustained enhancement of poor working memory in children. DevSci 12:F9-15.

Holmes J, Gathercole SE, Place M, Hilton KA, Dunning DL, Klingberg T (2009b) Working memory deficits can be overcome: impacts of training and medica7on on working memory in children with ADHD. Appl Cogn Psychol 12:9-15.

トレーニングによるワーキングメモリの改善が発表された1999年頃に、”大御所”であるGathercoleから独立した確認研究の要望があり、いかなる結果についても自由に発表する条件で研究され、トレーニングによるワーキングメモリの改善が確認されました。その後Gathercoleらは教育への導入に関する論文(2013年)など複数発表しています。

クリングバーグらは、脳科学の分野の研究として、トレーニングによるワーキングメモリの改善を脳の活動を示す脳イメージデータとの相関から説明しようとする研究(Nature 2004)や、トレーニングによるワーキングメモリの改善と関連する大脳皮質などのドーパメイン受容体の密度の変化についての研究(Science 2009)なども報告しています。

Olesen, P.J., Westerberg, H., & Klingberg, T. (2004). Increased prefrontal and parietal activity after training of working memory. Nature Neuroscience, 7(1), 75- 79. doi:10.1038/nn1165

McNab, F., Varrone, A., Farde, L., Jucaite, A., Bystritsky, P., Forssberg, H., & Klingberg, T.(2009). Changes in cortical dopamine D1 receptor binding associated with cognitive training.Science, 323, 800 - 802.doi:10.1126/science.1166102